先生、こんにちは。(このクソ野郎!)

先生と私の日々を綴るドキドキブログです

【研究室日記】クソ野郎に捧ぐ【完結】

これまでだらだらと書いてきた研究室日記だが、これで最後にしようと思う。直前に書いていたのは2016年8月の出来事のため、そこから卒業までの期間がかなり空いてしまうがまぁいいだろう。

fuckprofessor.hatenadiary.jp

一応理由を述べておくと、上記の記事を書いている段階で教授に対する殺意がぶり返してきたから。もう大学院生となり研究室も変わっているものの、今回のように研究室日記を続けているとこのような事態になり不要なストレスを感じてしまうと思う。それは自分の精神衛生上よくない。イライラしながら誰にも読まない記事を書くのに時間を費やすのは無意味どころかたぶん有害だ。ということで止める。

ちなみに、ほかのカテゴリー(研究室関連ノウハウなど)については今後も機会があれば更新するつもりなのでよろしくね。

クソ野郎ダイジェスト(8月~卒業後)

研究室日記として書くことのなかった時期のエピソードについて、思い出しうる範囲で適当に書いておこうと思う。

 

研究関連の旅費は全て自腹

卒業研究の関係で他県へ調査に出向くことがあった。調査は泊りがけ。自腹で。クソ。

更には協力して研究を進めていた他大学(新幹線を使う距離)での打ち合わせにも参加させられた。これも当たり前のように自腹である。なぜ金を払って、新幹線でクソ野郎の隣に座らなければならないのか。永遠の謎だ。

学会の旅費は完全自腹

12月頃に開かれた学会へ参加した。これは自ら望んだことだが、学会参加に際しての交通費、宿泊費はすべて自己負担であった。ほかの研究室の同期にこのことを言うと大抵驚かれる。

その学会のあとには、2017年5月の国際学会への参加を提案された。既に卒業後であり、しかも研究室を変えることを知っているのにこのようなことを言ってくるあたり本当に頭がおかしいクソ野郎だ。海外開催なのにここでも費用は自己負担と言い出した。現地へ行くのは金銭的に無理だと言ったら、ポスターだけでも、と言われ結局作らされた(もちろん英語)。

卒業後も平気で呼びつけ

国際学会用のポスターを作る羽目になり、それが終わるまでは4月以降もメールでのやりとりや研究室へ足を運ぶことが時々あった。不快感の最高値は日々更新され続けた。こうなることがわかっていたのになぜ卒業後にある国際学会の話を持ち込んだのか。バカだからだね。

また、一つ下の学年の奴が私の研究を引き継いだようだが、ポスター制作と同じ時期にクソ野郎は研究に関する質問もしてきた。その多くは卒業論文に書いてあることや、卒業前に後輩と私とクソ野郎の3人で引継ぎの場を設けた際に説明したことだった。やっぱりバカなんだね。

クソ野郎が指導教員になることだけは回避しろ

2017年6月時点で私は大学院生だ。研究室は学部時代から行きたかったところに所属している。ここで指導してくれる先生は本当に丁寧に指導してくれるし、何より人柄が素晴らしい。崇拝しているみたい、と言われても「そうだよ」と抵抗なく返答できるレベルだ。

また、研究室の環境も大きく変わった。学会の旅費は基本的に満額支給されるし、人気の研究室だけあって数が多く、学生は明るくフレンドリーな人が多い。学部生の時よりも毎日を楽しく過ごせていると実感している。正に天国と地獄だ。

みんなには、大学生活を無駄にしないためにも、研究室の選択にはくれぐれも気を付けてほしい。私はクソ野郎の研究室に配属されたために大学生活のうち1年と半年が思い出したくもないストレスまみれの期間になってしまった。ストレスがピークに達した結果、私の場合は生涯やるまいと思っていたパチンコ・スロット・タバコに手を出してしまった。

私のようにクソのような研究室でクソのような思い出と共に大学生活を終える人が少しでも減ることを祈っている。

 

それでは、最後にクソ野郎にこの言葉を送ります。

死ね。