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先生、こんにちは。(このクソ野郎!)

先生と私の日々を綴るドキドキブログです

【研究室ロンダ】大学院で研究室を変えるという選択

研究室配属で失敗した…そんな人にこそ読んでほしい。そして気付いて欲しい。まだチャンスはある。

大学の研究室配属で失敗した理系諸君に捧ぐ

理系の学生なら、多くは大学院に行く時代。しかし、配属された研究室がブラックで、研究に対するモチベがなくなった!このまま大学院なんてごめんだ!という学部生もいるだろう。そういう人を見かけたら、私はこう言いたい。

「諦めるのはまだ早い!」

せっかく理系として大学に入ったのに、専門的なことを学ばなくていいのか?

2年間のモラトリアムを手放すことになってもいいのか?

そして何より、

クソみたいな研究室での思い出を最後に学生生活を終わっていいのか?

君たちはここから逆転できる。この記事を読んでそれを知ってほしい。

研究室ロンダという考え方

学歴ロンダリングという言葉を聞いたことがあるだろうか。今通っている大学よりもランクが上の大学院に進学する、これが学歴ロンダリングだ。ブラック研究室から抜け出したい!となると、いっそ他大の大学院に進学してしまうのもありだろう。私の同級生にも学歴ロンダに成功して他大の院へ進学した人がいる。

だが、行く先の研究室がホワイトなのかどうかを判断するには相応に調べる必要がある。しっかり下見をして、現在所属している人に話を聞いて…これらのためには基本的にその大学へ行く必要があると思われる。また、いざロンダをしても、大学が変われば同じ専攻でも教授陣が全て異なるため、様々な面でこれまでと違う環境に置かれることになる。慣れるまでには相当苦労することだろう。最初から〇〇大学院に行くんだ!という固い意志を持った人ならともあれ、今の研究室からなんとか抜け出したいというだけであれば、抜けたあとにもまた困難に遭ってはいたたまれない。

また、大学は同じだが専攻を変更する、というケースも見られる。この場合でも、専攻が変わるということは専門分野をゼロから学びなおすことが多いと考えられ、慣れるまでには大変な苦労があるはずだ。

そこで私から提案したいのが、研究室ロンダリングである。

研究室ロンダは、大学や専攻はそのままに大学院へ進むが、研究室は同じ専攻内の違うところに変更するという方法だ。私の周りだと、これをやっている人は案外少ない。でも、だからこそ知ってほしい。

かく言う私も、実際に研究室ロンダをした身である。

2017年4月から大学院生になったが、その時に学部時代とは違う研究室へ移動した。このブログを始めたのも、この記事を書きたかったという部分が大きい。

さて、私はこれまで研究室日記というカテゴリで書いてきた通り、学部時代の研究室が嫌で嫌で仕方なかった。しかし、学歴ロンダをするほど勉学や研究に対するモチベーションもなく、配属後はいっそ就活でもしようかと考えていた。そんな時、同じ研究室に昔所属していた先輩が大学院進学時に研究室ロンダをしたと聞いた。そして、本人から話を聞いたとき、これしかないと思った。

実際に新しい研究室で過ごしたのはまだ1ヵ月程度だが、それでも声を大にして言いたい。

今の研究室に不満がある理系諸君は絶対研究室ロンダしたほうがいい。

研究室ロンダの利点

研究室ロンダの利点は大きく以下の3つが挙げられる。

  • 大学院入試について友達と相談できる
  • 研究室の情報を入手しやすい
  • 研究室以外の環境はこれまでと同じ

順番に説明していこう。

入試について友達と相談できる

研究室ロンダの場合、大学や専攻は変わらない。あなたの周りの同級生も、多くは内部進学という形を取ることだろう。よって、入試に関して友達と相談することができる。これは非常に心強いことだと思う。また、一緒に勉強をすることでモチベーションを保つことにも繋がることが期待できる。私は一人ではなかなか勉強を始めないタイプの人間なので、同じ目標を持った友人が身近にいることはとても大きな力になった。

研究室の情報を入手しやすい

同じ専攻の研究室の情報は、学歴ロンダに比べて断然入手しやすい。むしろ、学部生の段階であなたは専攻内のホワイトな研究室について既に調べていたのではないだろうか?加えて、配属後に興味のある研究室に配属された同級生に話を聞くことで、生の情報を即座に手に入れることが可能である。私の経験では、同級生に配属先の話を聞いて回ったところ、前評判とは違ったというケースも散見された(私自身が配属された研究室は前評判が皆無の超ブラックボックスだった。このようになかなか情報が出回らない研究室は要注意)。配属前と後では情報の質が多かれ少なかれ変化することがあるので注意したい。

研究室以外の環境はこれまでと同じ

私が学歴ロンダではなく研究室ロンダを選んだ最大の理由はこれだ。研究室を変えるということは本人にとって大きなリスクだと思う。しかし、慣れ親しんだ大学の院に進む場合、教授陣もこれまでと大きく変わることはない。授業も、学部時代の延長的な部分が多いだろう。学部で4年間を共にした親しい友人もいる。引っ越しなども当然不要だ。

このように、学歴ロンダをした場合にはゼロからのスタートとなる周囲の環境が、研究室ロンダではほとんど学部時代そのままに引き継がれる。これは非常に魅力的なことだと思う。研究室が変われば専門分野も変わるが、学部時代からその研究室に所属している友人がいれば、なんとかなるだろう。

君たちはまだやり直せる

いかがだろうか。研究室に不満を持つ理系学生には、是非研究室ロンダという選択肢を検討してほしい。

ところで、今回の記事では研究室ロンダのために具体的に何をしましょう、ということは細かく書いていない。

これは、大学によって研究室ロンダのために必要なことが異なるかもしれないと考えられるからだ。この記事を読んで研究室ロンダに少しでも興味を持った方がいれば、同じ専攻内で過去に研究室ロンダをした人がいないか、同級生などを通じて直接話を聞いてみることをおすすめする。

理系の学生なら、なんとなくでも大学院に行こうと考える人が多いのではないだろうか。私の個人的な意見としては、経済的な余裕があるのであれば、なんとなくでも全然よいと思う。モラトリアムを延長させるくらいの気持ちでもいいだろう。動機に関わらず、君たちにはそういう機会が与えられているのだから。

だからこそ、折角のチャンスを学部でクソみたいな研究室に配属されたから、と捨ててしまうのはもったいない。

社会に出るとき、大学(院)時代は楽しかった!と思えるように、そういう環境に君たちが進めることを願う。

【2016/4/3-】調査

調査…それは死。

外に出よう(無理)

私の所属する研究室では大学から車で1時間程度で行ける地域を対象に野外調査を実施している。私の研究テーマには一切関係ないが、同行させられる。以前も述べたが、月~金まで授業を入れたいと言っても調査に行くための曜日を設けさせられた。とんだ機会損失である。

fuckprofessor.hatenadiary.jp

とにかく、4月から調査がスタートした。研究室のバイトもあるし、ゼミの準備もあるし、そこに更に調査となるとなかなかハードだ。しかもこの調査、めちゃくちゃ疲れる。道なき道を行く感じで、荷物も多い。春頃はまだ良かった。最悪なのは夏だ。調査はいつも作業服を着る(当然のように自腹で買う羽目になった)。これが暑くて仕方がない。調査後にはいつも汗だくだった。時には脱水症状っぽくなったこともあった。ただただつらい。つらいのに、研究テーマが異なる私は調査に行ったところでなんのメリットも得られない。調査中は事あるごとに教授からダメ出しが飛んでくる。そのくせ自分がミスをすると言い訳をする。体力的にも精神的にも苦痛でしかなかった。

機材の調達(それ私がやる必要ないですよね)

調査に関連して、調査器具・機材の調べものもさせられた。完全にただの雑用だ。調べた通り報告しても「本当かなこれ」などと平気で抜かす。もちろん、後でやっぱりこちらが正しくても謝罪は絶対にしない。勝手に納得して終わりである。

テメーでやれクソ野郎と何度言いたくなったかわからない。

いろんな経験(学生はボランティアか?)

教授は雑用を押し付けるとき、大抵「君のため」「何事も経験」などと言って自分の頼みを正当化する。研究室に所属する以上は雑用を頼まれることもあるだろうが、そういう発言をされるとただただ恩着せがましく感じてしまう。また、経験とは言っても頻度が余りに多すぎると個人的には思う。先輩さんの時も研究以外の雑用が重なって進捗が止まっている時期もあった。雑用の多くは秘書でも雇えば解決するようなことで、なんで学生にやらせるんだろうと思ってしまう(実際、ほかの研究室では秘書や助教を雇っているところが多く、そこの学生は雑用を頼まれることはほとんどないと聞いた)。本当に「学生のため」を考えているなら、研究活動に専念できる環境にしてほしいと願うのは、ワガママなのだろうか?

【2016/5/11-15】国際学会(当日編)

準備段階で相当なストレス受けたし、もうこれ以上はないでしょ(笑)

よろしくお願いします(って英語でなんて言うんだ??)

国際学会は数日間に渡って行われる。自分が勤務するのはその中の2日間だった。勤務初日、家を出るときには普段のバイトよりも遥かに気が重かったが、参加者とは二度と関わらないのでは?と思ったらどうでも良くなった。

本部へ向かうと、指示系統は日本人だったのでひと安心。我らが教授もいた(出来れば会いたくなかった)。挨拶すると、昨日の夜飲み会してたから徹夜でさ~などと大学生のようなことを言っていた。心底どうでもいい。

学会は複数の部屋で終日発表が行われており、勤務内容は進行のサポートということだった。といっても、進行役の人と英語で軽く挨拶をした以外、発表中はただただ座っているだけであった。発表は英語なので何を言っているのかさっぱり理解できなかった。

OMOTENASHI(クソイベ)

勤務初日の夜、おもてなし夕食会が開催された。このおもてなし夕食会はバイトの勤務時間にはカウントされない。とても悲しい。ちなみに、準備段階で教授がこのようなことを言ってきた。

教授「ここの代金は払ってあげるよ。タダでご飯食べられて、海外の人と英語で会話もできるし、良い経験でしょ?」

お店選び、予約、メニューの英訳に加え、当日の引率やお店において参加者の注文の確認等の手間を考えるとタダ飯くらいでは喜べないのが正直な感想である。海外の人と英語で会話をしたいと望んだわけでもない。強要しておきながら君のためと言って正当化させる(少なくとも教授はそう考えている)。教授の常套手段である。

夕食会の最中、注文もひと段落して隅で料理をつまんでいると教授が声をかけてきた。

教授「ちょっとちょっと。せっかくの機会なんだから参加者と英語で会話してみなよ」

こいつはちょっと調子に乗っているようだ。酒も入っているようだし、殴っても運がよければバレないだろうか?真剣にそんなことを考えた。

とはいえ、参加者の方々は国籍も様々で、いろいろな話を聞けた。意識してゆっくり話すなど非常に気を遣っていただいた。もうこの人たちの研究室に移りたいと思った。

一期一会は面白い(ここでしか聞けない話もあった)

学会バイト2日目。この日は部屋のサポートではなくクロックに配置された。他のスタッフは他大学の学生や中高年のボランティアの方だった。全員日本人であり、人数も多かったためにほとんど立っているだけでよかった。大人数になると途端に人任せにしてしまうのは悪い癖だが。クロックは朝や夕方以外はほぼすることがなかったため終始ほかのスタッフと喋っていた。他大の学生は自分と同じく研究室の先生に命じられて半ば強制的にバイトに参加する羽目になったらしい。可哀相に(後日、その先生も我らが教授に学会の準備に際して色々と無茶ぶりをされていたらしいと聞き同情した)。中高年のボランティアの中には、既に現役を引退して老後の暇つぶし感覚でやっている人もおり、バリバリ働いていた頃の面白い話を聞かせてくれた。

それ、アカハラですよ笑(ですよね!!!)

楽しい時間も終わり、本部へ勤務終了の報告へ。いましたよ、教授が。ずっと本部いるのか?暇なのかな。この日は学会の最終日だったため、撤収作業も手伝い、大方終わったところでの邂逅である。

教授「これとこれとこれ、研究室に持って帰って欲しいんだけど」

ハイハイクソがと思いながら受け取る。というか多い。片手で足りない量の荷物を渡された。会場までは電車で来ているが、駅から研究室までは結構歩くんだぞこの野郎。更にダメ押しとしてもう一品を教授が私に持たせようとしたとき、本部にいたスタッフ(他大学の教授)が笑いながら言った。

他大の教授「〇〇先生(我らが教授)のとこの学生さん、すごいですね。

うちだったらそんなことさせた翌週にはアカハラ委員会から注意受けちゃいますよ笑

教授「…え?ホント?」(信じられないといった顔)

ですよねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

周囲の他大の先生たちも否定しない。ここで教授、アカハラという言葉に恐れをなしたのか最後に押し付けようとした物品を引っ込める。ざまぁ。そして反省しろ。この他大の教授の発言を聞いたことで、やはり我らの教授が異常なのだと確信できた。このバイトに参加した中で一番の収穫かもしれない。

そんなこんなで国際学会のバイトは幕を閉じた。教授さえいなければ良いバイトだったと思う。

【2016/3/XX-5/10】国際学会(準備編)

多分に詰め込んだ授業のおかげでのらりくらりと研究活動を先延ばしにしていたが、5月には過剰なストレスを与えるイベントが待ち構えていた。その名は――――国際学会。

国際学会!?(ま~た厄介事か…)

あれは、3月某日のことです…。

教授「今度日本で国際学会やるからバイトやってくれない?」

出た~!教授の十八番、唐突なクソ命令だァ~~~!!

どうやら教授がその学会の運営委員みたいなのをやっており、研究室の学生をアルバイトに出せないかという話になったらしい。学会は数日にわたって行われ、なんと少数精鋭(笑)であるところの我が研究室では全員がどこかの日程で参加する羽目に。しかも先輩さんに至ってはポスター部門で発表者として参加する傍ら、アルバイトにも参加させられるというクソ仕様(しかも勤務時間もいちばん長い)。こんなん酷過ぎるよ…。

なーんて同情していたら、

教授「そうだ、学会後に参加者をもてなす夕食イベントがあるんだけど、学生で誰かやってくれないかな?」

  • 誰か=胃痛さんor先輩さんorナンプさんor私
  • 胃痛さん←なんか忙しいらしい
  • 先輩さん←ポスター部門に参加するため当然準備で忙しい
  • ナンプさん←日本語が話せないためお店と連絡が取れない

これ「誰か=私」やんけ!クソが!!!!(安定の拒否権なしである)

というわけで、お店選び、予約、英語のメニュー作成をやらされましたよ。当然のように無給でね。その癖、逐一文句を付けてくるのが教授スタイル。

じゃあテメーでやれよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ちね!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

と思ったことは数知れず。

英語力が高まりますねぇ(いや自分でやれ)

もてなしイベントの準備も落ち着き、あとは当日のバイトだけかな~と思っていた4月末頃のある日。

教授「私名義で今度の学会にポスター出すんだけど、これ英訳しといてくれない?」

…なんでこう、油断した途端に厄介事が降り注ぐのかなぁ(泣)。そろそろブチギレ芸する元気もなくなってきたんですけど。

以前ほかの学会用に作った日本語ポスターを私が英訳して、後で教授が英文のチェックと内容の追加をするとのこと。自分でやれ感1000000000000000000000%の指示にやる気など出るはずもない。しかしここで余計なことを言うのが我らが教授こと大いなるクソ野郎だ。

クソ「K君にとっても、英語のポスターを作るいい経験になるからがんばってね」

は??はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー??????

言うに事欠いてこいつ、あたかもこの一件がWin-Winであるかのように言いやがった。どう考えてもお前が得するだけだろうが。そもそもWin-Winってお互いが納得した上でやってこそじゃないのか?

教授よ、自分にとって都合の良い解釈することにかけてはお前がNo.1だ。

 

当日までのエピソードを思い返していたらいっぱい書いてしまった。

国際学会(当日編)に続く。

【2016/4/2】濃密なゼミ日程

ゼミ…それは研究室において定期的に開かれ、学生の時間を無駄に奪うばかりのクソイベント。

ゼミは発表練習の場!(強制されましてもね)

前回の記事でちらっと触れたが、新年度に入ってゼミが再開された。思い返すと腹の立つ定期イベントだった。そこで今回は、ゼミに対する不満教授とのドキドキなゼミについて書いていく。

fuckprofessor.hatenadiary.jp

まず我々の研究室では、1つの発表に対して必ず1つ質問やコメントをしなければならない。これは初めてゼミに参加したときの記事でも述べた。

fuckprofessor.hatenadiary.jp

このシステム、私は非常に嫌いである。既往研究のレビューであれば、まだ質問することは見つけられる。しかし、研究の進捗報告となると話が変わってくる。これは昨年(2015)の話になるが、先輩さんは毎週のゼミで進捗報告をさせられていた。はじめのうちは、私も配属されたばかりでわからないことだらけだったため質問することは容易く思い浮かんだ。だが毎週発表を聞いていると理解も深まる。一方で研究は毎週一定の成果が出るはずもなく、また先輩さんは並行して様々な雑用を教授から命じられており、進捗がないこともザラにあった。そのようなときに質問をしろと言われても困る。教授はゼミをやることで発表の練習になると考えているようだ(もうダメだ)。しかもゼミでコメントをするが、ゼミが終わってからも個別に打ち合わせをするという無駄を極めた行動を取る。どう考えても手遅れだ。

たくさん練習できる!(どう見積もっても過剰)

必ず質問せよというシステムもさることながら、いちばんの問題は発表の回数だ。先に述べた通り、先輩さんに至っては毎週発表というアホみたいなスケジュールを組まれていた。そこまでいくともうパワーポイントを作る時間が勿体ないレベルなのだが、教授は残念ながらそれに気付くことができないらしい。私も3年時点で3週間に1度は発表をさせられており相当なストレスだったが、果たして新年度はどうだろうか…?

新年度初のゼミの数日前に発表された前期スケジュールは以下の通りであった。

  • 胃痛さん:たま~にやる/進捗報告
  • 先輩さん:2週に1回(稀に週1)/本のレビュー
  • ナンプさん:2週に1回/進捗報告と既往研究のレビュー半々
  • 私:2週に1回/進捗報告1割・既往研究のレビュー9割

当たり前のようにヘビーローテーションである。人数少ないんだからゼミ自体2週に1度でいいだろうと思う。以前はこの研究室も学生が多い時期があったらしいが、人数の少ない今でも毎週のようにゼミを行うとサイクルが早くなるのは当然。だが教授には学生の負担が増えていることがわからないらしい(雑用の振り分けも増すため、一人当たりの負担は以前に比べて相当な量だと思われる)。そこらへんの対応が柔軟にできないカタブツということか。

しかも、当初の予定は上記の通りだったにもかかわらず、教授の一存で先輩さんはほぼ毎週本のレビュー(一人輪講状態)をさせられていた。可哀相。

【2016/4/1】新年度の始まりだ~!

忘年会が終わり、新年を迎えた。期末試験も無事乗り越え、そのまま春休みに突入。教授から指示が入る前に実家へ帰省(避難ともいう)することに成功。だらだらと春休みを謳歌した。年度の移り変わりにはカレイさんが家庭の事情?で母国に帰り、研究室の限界度が上がった以外は特に変わりはなかった。春休みを終え、2016年度が始まった。

2016年度は一味違う!?(悪化しました)

新年度の始まりとともにゼミが再開した。まぁ、前年度の最後のゼミから2か月も経っていないが。しかしそのゼミの最後に教授から衝撃のアナウンスが。

教授「えー、今年からコアタイムを導入します」

何を言い出すんだこいつはァ。もういま博士含めて学生4人だし最早個人の裁量のレベルでしょ。どんだけ研究室いてほしいんだよ。

何を隠そう我らが教授は、現在であればブラックと揶揄される長時間労働を何故か自慢するタイプの超弩級厄介老害なのだ。コアタイムの終了と同時に帰宅すると、漏れなく翌日に「K君、昨日は帰るの早かったね~」と平然と言ってのける頭のおかしい人間だ。もうコアタイムがクソという以前に教授がクソなのでどうしようもない。

だが、4年前期は調査を回避するために授業を詰め込んだことが功を奏し、研究室に滞在する時間を極力抑えることができた。授業があることは教授も知っているので、遅刻だなんだといわれることはない。これについては過去の自分GJである。

どっちにしよう~?(実質一択だぞ)

ゼミの後、教授から卒論のテーマを決めようといわれた。提案された研究テーマは2種類。1つは去年までカレイさんがやっていた研究の続き。いや、なんで研究員がやってたレベルのことを学部生にやらせようとするのか。神経を疑う。当然却下。未だに信じられないことだが、教授は本心ではこれをやって欲しかったらしい。もう一つはデータを統計分析するタイプのもの。こちらの場合はソフトの勉強会(笑)で使用したもの(ソフトAと呼ぶ)とは別のソフト(ソフトBと呼ぶ)をメインに使うという。一からソフトBの勉強をすることになるのは面倒だが、勉強会でソフトAに対する苦手意識が増大していたし、そもそもこの選択肢は実質一択だ。というわけでデータ分析を卒論テーマに決定した。

授業スケジュールと調査(反逆の精神)

4年生に進級するにあたり、教授から授業の履修予定の提出を求められた。単位が足りているのか、今一度学生に確認させる意図もあるのだろう。私はちゃんと単位を取っていたので問題ない。問題ないが、この研究室では4年生以上の学生は教授の調査活動を手伝わされる。どうしても調査に行きたくなかった私は履修予定を埋められるだけ埋めてみた。そうしたら、なんと4年前期にして毎日2~3コマ授業がある設定に。案の定教授に呼び出された。

教授「Kくんってこんなに単位足りてないの?」

私「足りてますが、今まで履修したくても必修と被っていた授業が多くて」

教授「うーん、でも調査に参加してほしいから一日は授業のない日作って」

う~ん、僕が本当に単位足りてなくて月~金まで授業あったらどうするつもりだったんだろうかこいつは。その考えだとやっぱり再履修の奴が優遇されるんだよな~納得いかねぇな~。ていうか大学に金払ってる学生から自ら学習する機会を奪ってるんだよな~そこんとこどう考えてるんだろうな~。

当たり前だけど、年度が変わっても教授はやっぱりクソだなぁと思った。

【2015/12/23】'15 忘年会(2)

前回の続き。

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素晴らしい子供たち(天使!)

前回の記事では子供たちと触れ合うことで大人たちの襲撃を回避できたと書いたが、ほかにも子供たちの存在が与えた効果はある。

とりあえず子供たちがかわいい。みんな小学生ながら、大人が多い場ということもあり大人しくしていた。この時点でポイントが高い。やたら騒ぐ子供はあまり受け付けないのだが、空気の読める子供はおじさん好きだぞ。

教授の娘さん

教授の娘さんは子供たちの中ではいちばん年上で、落ち着きがあった。しかし話していくうちに、ノリのいい子であることがわかった。こっちがふざけると、それを察してツッコミを入れてくるなど、高いコミュニケーション能力を有していた。

ただ、私のおふざけ発言に対して「いやそれはバカでしょ(笑)」的な返しをしてくれてワハハ!と笑っていたら近くにいた教授が「年上の人にそんな口聞いたらダメだろ!」みたいなことを言い出したのでしらけてしまった。

しかしこの娘さん、教授から離れて私がふざけ出すとまた普通のノリで接してくれる。こんなにいい子がなんでこの教授の娘なんだ…。

ジョン先生のお子さんたち

ジョン先生のお子さんたちとは英語でお喋りした。といっても、私の情けない英語力のせいで意思疎通がなかなかできない場面が多かった。それでも理解しようと一生懸命話を聞いてくれる子供たちに感動した。もうね、大好き。

お兄ちゃんのほうは大人しい性格みたいだが、妹ちゃんはアクティブな子だった。水上スキーとかやったことあるらしい。アメリカ人の子供と直に接したことはなかったが、いや~かわいい。みんながこうだとは思わないが少なくとも今はかわいいしか言えない。以下、かわいいの一部始終です。

私「日本ではどっかに行くの?」

妹ちゃん「ディズニーランド!」

私「おー!楽しみだね」

お兄ちゃん「はい(ちょっと照れた漢字のはにかみスマイル)」

妹ちゃん「うん!(満面の笑み)」

こんなんかわいいに決まってるでしょ。

カレイさんの息子さん

カレイさんの息子さんは小2だった。なんというか、眩しい子だった。本を持ってきていたのだが、笑顔で内容を教えてくれる。その笑顔に曇りはなく、心から本が好きで、楽しんでいるという感じが伝わってきた。自分にはこんな笑顔できないだろうなぁ。

そういえばカレイさんがカレーライスを持ってきていたのだが、この子は食べようとしなかった。せっかくなので私は貰うことに。

…うん、辛い。汗が止まらない。これが本場のカレーか。子供には刺激が強すぎるな。カレイさんには申し訳ないが、息子さんが食べないのも納得だった。誤解のないように言っておくと、辛いけどおいしかった。実はこれをきっかけに辛い系がちょっと好きになったりした。

そして忘年会は幕を閉じる(お疲れ様です!)

なんやかんやとあったが、忘年会は子供たちに癒されまくっていたら終わった。この研究室であったイベントの中で唯一といえるほど幸福度が高かった。

後片付けを済ませて、少し先輩さんや胃痛さんと話をした。

胃痛さん「どう?楽しめた?」

私「はい!ありがとうございました」

先輩さん「まぁ先生がいなければもっと楽しいんですけどね笑」

胃痛さん、私「笑(もちろん否定はしない)」

こんな感じで私の2015年の研究室生活は幕を閉じた。(精神負荷の)濃い3か月だったが、最後は笑って終われてよかった。年明けに知ったのだが、胃痛さんや先輩さんは学会の準備やら卒論やらの都合で忘年会の翌日以降もガッツリ来ていたらしい。そこにはやっぱり隠し切れない闇があった。